引き続き、タイ、マレーシア、インドネシアのメディアで連日取り上げられている〝ロヒンギャ″についてである。

前回、ミャンマー人仏教徒とバングラデシュ系イスラム教徒であるロヒンギャの対立の背景を述べた。その後の経過だが、ミャンマー民主政権成立前夜であった2012年、対立激化の引き金となる事件が起きた。5月下旬、仏教徒のアラカン系女性が、ロヒンギャ男性3人により強姦殺人されたという事件が起きた。6月3日、その報復であろうが、アラカン系暴徒によって10人のイスラム教徒が殺害された。8日、ロヒンギャ数千人による暴動が発生し、アラカン系民族の家屋や村が焼打ちされた。アラカン系民族はロヒンギャ住民に対し、殺害、殴打、家屋や村の焼打ちを行った。この暴力の連鎖に対しミャンマー政府の治安部隊は一方的にイスラム教徒ロヒンギャのみに対する大量逮捕と実力行使を以て鎮圧した。しかしそれに対しヒューマン・ライツ・ウォッチは、「イスラム系住民が圧倒的な複数の郡において、恣意的かつ外部交通を遮断した状態での拘禁等、重大な人権侵害が行使された」と指摘している。6月10日、当時のテインセイン大統領はアラカン州北部に非常事態宣言を宣言したのだが、これも国軍が適正な手続きを抜きでさらにロヒンギャのみを逮捕・拘禁できる口実を与えたに過ぎなかった。しかし、国軍側のコメントは、今回の宗派間暴力を概ね沈静化させた、というものだった。地元警察もロヒンギャの容疑者を捜索するとの名目で大量逮捕を行ったが、刑事犯罪を行った疑いのあるアラカン民族に対しては、捜査も身柄の拘束も行っていないとのことで、被逮捕者の数や具体的な容疑についての報告は一切なかった。目撃した住民からは「ロヒンギャが多数を占める地域で、治安部隊が暴力的な襲撃を行って、住民に発砲、住宅や商店で略奪を行った」との証言も得ている。

これに並行してロヒンギャの人々の海外脱出が散見され始め、2009年以降には移民ブローカーも現れ、その小型船舶が南タイに流れ着くに至ってこの問題が国際ニュースとして取り上げられるようになった。つまりミャンマー政府が弾圧・殺戮を行いしかも闇から闇へ葬ろうとした事件が、流出した難民により明らかになってきた訳である。さらにタイ国軍もこの避難民に対し、彼らを保護するどころかエンジンを外した船舶に移し替え、公海上に放置したのである。これも殺人と同様の行為ではないか。それでも避難民の流出は絶えず、難破の被害も含めれば膨大な数の死者を生み出し続けている、と見られている。

受け入れ拒否をしているのはマレーシアやインドネシアも同様であり、今現在洋上には最大で8,000人が漂流していると見られる。この問題の根源であるミャンマー政府側は、民主政権の呼び名はどこ吹く風、政権成立前より実権を握り続ける軍の協力なくしては政権維持が覚束ないことから、国民の大多数である仏教徒の支持を脅かしかねないイスラム移民(歴史の経緯を考えれば彼らもまたミャンマー国民であるのは明々白々だが)の保護には手を付けかねる、ということらしい。ミャンマーやマレーシア政府の言い分は、「彼らは金銭を支払い、希望して密航に身を投じた者たちであって、被害者ではない」とされ、これが少数民族に対する虐殺を「人身売買」と報じている一因なのだ。

最後に、我々が居住するタイ政府や現地の状況について触れておく。上記「送る側」のブローカーに対し、今回明らかにされたのは「受ける側」のブローカーも存在し、避難民の上陸を手助けし山中に多くの私設避難キャンプを設け、さらに彼らからカネを搾り取ろうというのだ。タイやマレーシアに居住する親族から何とか都合して9~20万バーツを支払った者は解放され自由の身となるが、カネの無い者はキャンプに収容し、5~7万バーツで第3国に売り飛ばされるというのだ。逆らえば殴打・殺害し土中に埋める、という極悪非道な者の存在が明らかになっている。5月2日までに26体の遺体が発見されたが、40人以上が埋められた筈だと証言している者もある。さらに救えないのは現地の市長、警察幹部他数名の公務員が賄賂を受取りこれらの犯罪を見逃していた、というのである。タイの首相は、確かにこれらの悪徳公務員を逮捕し、加担していたとみられる警察官約40名を更迭したが、今後の対応については、「タイ人の雇用機会を奪う可能性が高いためロヒンギャの受入れを拒否する」と表明。労働人口は、都市圏と地方を同列には比較できないにしろ絶対的不足に陥っており、数十万人の外国人労働者を受け入れている状況下でのこの発言である。

国籍や財産を剥奪され洋上で漂い、生命も危ぶまれるこの人達の行く末を、どう考えたらよいのだろうか。受け入れを表明する国は今現在皆無だ。その後タイ政府は国際世論からの批判を意識してか、避難民の為の「トランジット地域」設置を決定した。つまり第3国へ向かうまでの保護施設という意味なのであろうが、具体的にどの様なものなのかについて何も明らかにしていない。この報道があった直後、マレーシア北部(つまりタイ国境隣接地域)で、ロヒンギャおよびバングラデシュ人の遺体約200体が発見されたと報じられた。