5月12日12:55、タイ航空TG570便にてラオスの首都ヴィエンチャンに到着した。12~3年ぶりだろうか?アジアの最貧国の一つ(GDP世界129位)。東南アジアでは唯一の内陸国。四辺が他国との国境で海が無く、国土は日本の6割程あるが平地が少なく、人も少ない(人口632万人)。つまり一般的に言われている発展要素が決定的に欠けている。さらに観光資源もほとんどない。日本人にもあまり知られていない国と云えるだろう。国名を聞いても「それは何処?」という反応が多いのではないだろうか。
しかしながら私の持つこの国に対しての印象は決して悪くない。微笑みの国として常に好ましいイメージを持たれているタイにおいて、ご他聞に漏れず人心まで都市化してきたバンコク人を25年間見つめてきた私にとっては、何だか昔のタイに戻ってきた様な郷愁に浸ることのできる国なのである。

しかもラオス語はタイ東北地方の方言と酷似していて、また首都ビエンチャンでは当たり前の様に皆タイのテレビ番組を見ている(メコン川1本を隔てた対岸がタイであって、またラオスの地上波放送局は非常に少ない)ので、普通にタイ語で話が通じる便利な外国である。また金銭に執着することが未だ定着していない素朴な人たちだと、常々感じてきた。まるで何十年も前の素朴なタイの人々そのものなのである。
しかし近年になって、何が良いのかメコン川沿いの一地区に新しいホテルやレストランが立ち並ぶようになり、観光客向けのエリアが出来てきている。欧米人観光客も目立つ。
我々には今更珍しくも無い寺院や、またメコン川の雄大な流れを眺めるのも、彼らにとっては一興なのだろう。また一般的に知られていない国に興味を抱き、続々とやって来るのもパイオニア精神というものだろうか。エキゾチック・アジアというイメージなのだろう。
確かに、ホテルの内装も従業員の応対も、また朝食も平均点だったが、何しろインフラが追いついていない様だ。季節が酷暑期ではあるのにも関わらずクーラーの出力が足りず、停電も多く、さらに私の部屋のセフティーボックスは、開けるたびにボーイを呼ばなければならない代物であった。これをセフティーボックスとよぶのだろうか。

 しかしラオスは丘陵地が多い為水力発電には適した国で、タイの電力会社の投資でいくつもの発電所が建てられ、タイへ送電している電力輸出国なのである。だけれども悲しいかなその電力は、ヴィエンチャン上空の送電線を通りタイへ送られてしまう様だ。
街中にも新しい建物が目立ち、随分変わってきたともいえる。タラート・サオ(朝市場)と呼ばれている建物もすっかり綺麗なビルに模様替えし、観光客向けの土産物センターになっている。聞くところによると、ビエンチャンには(つまりラオスには)映画館が皆無で、ただしボウリング場はあるという。そこは客もほとんど寄り付かず、BGMも無い。ただボールの転がる音とピンの倒れる音が響き渡り、これもラオスらしい牧歌的な風情なのだそうだ。おまけにホール内ではただ一人の従業員である受付嬢が後ろに立ち、ストライクやスペアを取る度にパチパチと拍手をしてくれるという。なんだかいい感じ、ではある
翌日は帰路を変更し(あまりにやることも行くところも無かったので)、陸路でタイ国境を超え、つまりメコン川に架かるタイ・ラオス友好橋を渡って国内便でバンコクへ戻ったのだが、国境まで送ってくれたタクシーの運転手がつり銭を持っておらず、日曜ということで両替をする場所もなく、結局400バーツで合意した値段を300バーツだけ支払い、差額100バーツ(約250円、ただし彼には大金だと思う)は次回で良いということで帰って行った。やはりイイ人の国である。彼の携帯NO.は記録したので、次回は空港までの出迎えを依頼するつもりだ。